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2018/01/30

FC琉球・播戸竜二選手 加入会見コメント(後編)

1月22日(月)、FC琉球は沖縄市役所で元日本代表FW播戸竜二選手のチーム新加入会見を行った。播戸選手とともに琉球フットボールクラブ株式会社(FC琉球)代表取締役の倉林啓士郎社長が出席し行われた会見はJ2昇格とともに沖縄にサッカーのムーブメントを巻き起こしたいと考える播戸選手の燃えたぎる姿が垣間見られた。

前回【FC琉球・播戸竜二選手 加入会見コメント(前編) https://ryukyu-sports.okinawa/column/1979】にもお伝えした質疑応答の模様の後半部分を記述する。



Q.播戸選手にお尋ねします。日本代表として国際舞台の経験もある中、その部分をチームにどう生かし伝えていきたいですか。

 

播戸:「今はJ3という立場ですが、J2・J1とステップアップし活躍できれば代表に選ばれる可能性は十分にある。決して遠い世界ではないんだということはみんなに伝えたいですね。本当に誰もがチャンスはあるので、自分はJ3の選手だから(代表に)なれないと思うのではなく、ここで活躍すればもっと上に行くことができる。海外にも行けるかもしれない。そういったところを一人一人が強い気持ちを持って目指してほしいですし、そういう思いを持った選手の集まりがひとつのチームになったとき大きな結果を求めることができるかと思います。サッカー選手として代表になる、海外でプレーするということは重要な意識であり、それに達するまでにどうしなければいけないのかということを日々考えることも必要です。練習で足を蹴られて痛がりこけるような状況で日の丸をつけてプレーできますかということです。そういった高い意識を持って練習しなければ高いレベルには達しないよということを伝えたいです。あまり言い過ぎてうるさがらないか心配ですが(笑)」。

Q.倉林社長にお尋ねします。今シーズン、播戸選手には何ゴール期待していますか。

 

倉林:「J3というステージは彼にとって新しい環境であり挑戦だと思うんですが、二けた得点を目指してほしいということは本人に伝えています」。

播戸:「二けた狙います(笑)。でも本当に、今年32試合を戦うわけですが、僕のこれまでのキャリアのスコアとしてはだいたい3の1(3試合で1得点)なんですね。去年もルヴァン杯で3の1でした。外国籍の選手はだいたい2の1を求められますが、僕のアベレージでは3の1なので32試合であれば二けた、背番号(11)ぐらいの点数が取れればいいなと思います。あとは、ハットトリックしたいですね。J1・J2ではハットトリックしているので、Jリーグのすべてのカテゴリーでハットトリックを決めた選手はそう多くはいないと思うので、それができれば嬉しいですね」。

Q.播戸選手にお尋ねします。琉球には若い選手が多く、J3でプロとしてデビューした選手も多いんですが、もっと上のステージで戦う上で必要なスキルや考え方はどういったところだと思いますか。

 

播戸:「技術的なことは日々の練習でしか身につかないんで、まずは地道にやってほしいということ。あとは『自分が上に行くんだ。自分がチームを強くさせるんだ』という強いメンタリティーというものを日々磨いてほしいなと思います。最低メンタリティーがあればどこでもプレーすることは可能だと思うのでその気持ち強く持ってほしい。具体的に言うとチームで勝たなければ上にいけないわけですから、常に勝つことを意識しなければならないわけです。練習のミニゲームであったり、一対一の練習であったり、目の前の相手に勝つ事が積み重なってチームの勝利につながっていく。それを繰り返していけば必ず上に行ける。いたってシンプルで、常に目の前の勝負に勝つことを意識することです。僕も今もその意識を持ち続けています」。

 

Q.播戸選手にお尋ねします。これまでの経験値と実績の残してきたのと同時に、洗練されたルックスもみんなが興味を注ぐポイントなのかなと感じるのですが、そういった意味で女性ファンの獲得も必要不可欠な存在になり得ると思います。その点はどのように考えていますか。

 

播戸:「僕からはどんどんそういったところも発信していければと思っていますが、使うか使わないかはメディアの判断なので是非いろいろと使ってください(笑)。あと、僕はまだ独身なので、そろそろ生涯の伴侶を見つけられればなと、全然包み隠さずアピールしていきたいです。沖縄が故郷になる可能性も十分あります(笑)」。

 

(文・写真)仲本兼進

1978 年生まれ。琉球放送(RBCi ラジオ)に11 年間勤務し、音楽・健康情報・報道などの番組制作を担当。2003 年にサッカーFC 琉球の応援番組の制作を機にスポーツ取材に力を入れ、バスケットボールや高校野球などに密着。その経験から2013 年にフリーのライターとして活動。現在は執筆のほかラジオ番組の制作・出演、スポーツ実況、WEBディレクターとしての顔を持つ。



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